在職老齢年金の見直しと標準報酬月額の引き上げ ~年金改革法案の注目ポイント~

2024年の財政検証を受けて、政府はまもなく国会に年金改革法案を提出する予定です。

この法案の中で注目されているのが、「在職老齢年金の見直し」と「標準報酬月額の上限引き上げ」です。これらの改正が高齢者の働き方や年金制度にどのような影響を与えるのか、わかりやすく解説していきます。

在職老齢年金制度とは?

在職老齢年金制度とは、高齢者が働きながら厚生年金を受給する場合、賃金が一定額を超えると年金の支給額が減額される仕組みです。この制度は、高齢者が賃金と年金を同時に得ることで現役世代との収入格差が大きくなるのを防ぐために作られました。

1 制度導入の背景

この制度が導入されたのは、2000年の年金制度改正時です。当時は少子高齢化の進行により、現役世代の負担が急激に増加していました。そのため、「60代後半で賃金を得ている高齢者には、年金制度を支える側にまわってもらうべき」という考えのもと、在職老齢年金制度が設けられたのです。

2 制度見直しが求められる理由

しかし、時代が進む中で、この制度にはいくつかの課題が指摘されるようになりました。

(1)年金の原則との不整合

 公的年金の基本は、「保険料を納めた分に見合った給付を受け取る」というものです。しかし、在職老齢年金制度では、高齢者が働くことで年金の一部がカットされるため、この原則と矛盾するといわれています。

(2)高齢者の就労意欲を阻害

 2024年の内閣府調査によれば、60代後半の高齢者の約3割が「年金額が減らないように、就業時間を調整しながら働く」と回答しており、この制度が就労抑制につながっていることが明らかになっています。これにより、労働力不足が進む中で、高齢者の活躍が十分に進んでいない状況があります。

(3)人手不足問題への対応

 多くの産業で人手不足が深刻化している現在、高齢者の就業促進は重要な課題です。在職老齢年金制度が「働き損」と感じさせる仕組みとなっていることが、見直しの議論を加速させています。

3 見直しの具体案とその影響

現在、在職老齢年金制度の見直しとして、65歳以上の支給停止基準額(現在は月50万円)を引き上げる案や、制度そのものを廃止する案が議論されています。

4 支給停止基準額を引き上げた場合の影響

・基準額を月56万円に引き上げる場合:1,300億円の年金給付増加

・基準額を月62万円に引き上げる場合:2,200億円の年金給付増加

・制度を撤廃した場合:4,500億円の年金給付増加

基準額の引き上げにより、高齢者が受け取れる年金額が増える一方、年金財政に対する負担は大きくなります。このため、支給停止基準額の引き上げは段階的に進めるべきという意見も出されているようです。

標準報酬月額の上限引き上げ

一方、在職老齢年金制度の見直しによる財政負担を補うため、厚生年金の「標準報酬月額」の上限を引き上げる案も検討されています。

1 標準報酬月額とは?

標準報酬月額とは、賃金に応じて決められる額で、これを基に年金保険料や給付額が計算されます。現在の上限は月65万円ですが、高収入者の増加や健康保険の上限(139万円)と比較すると、現行の上限は低い水準にあるとされています。

2 上限引き上げの影響

・月75万円まで引き上げた場合:保険料収入が4,300億円増加

・月83万円まで引き上げた場合:保険料収入が6,600億円増加

これにより、年金財政を改善し、将来の給付水準を安定させる効果が期待されています。

ただし、保険料負担が増えるため、上限該当者や企業にとっては負担感が大きいという課題もあります。

まとめ

在職老齢年金制度の見直しと標準報酬月額の上限引き上げは、高齢者が活躍できる環境を整える一方で、年金財政への影響や保険料負担の公平性をどう確保するかが問われる重要な改革です。

高齢者の働きやすさを高めながら、持続可能な年金制度を構築するためには、慎重かつ段階的な改革が求められます。

この議論は、少子高齢化社会の中での「働き方」や「支え合い」の在り方を考える契機でもあります。今後の法案審議に注目し、私たち一人ひとりも関心を持つことが大切です。

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