
労働基準法は、働く人々の健康や権利を守るための重要な法律です。しかし、テクノロジーの進化や働き方の多様化により、現行法では対応しきれない課題が浮き彫りになっています。厚生労働省の労働基準法制研究会では、現代の労働環境に即した改正の方向性を探るべく、「労働者」「事業」「労使コミュニケーション」「労働時間法制」の4つの観点から議論が進められています。
今後の労働法制に関する議論の方向性を示す一端として、研究会での議論概要を紹介します。
以下、議論の概要です。
1 「労働者」性の課題
労働基準法第9条では、「職業の種類を問わず、賃金を受け取る使用者のもとで働く人」を労働者と定義しているが、この基準が示されて40年が経過した今、次のような状況が生じている。
〇テレワークやフリーランスの普及
職場に縛られない働き方が一般化し、労働者と非労働者の境界が曖昧になっている。
〇ギグワーカーの増加
プラットフォーム経済の進展により、タクシー配車アプリやフードデリバリーで働く人々など、労働者に近い立場の個人が増加。
〇デジタル管理の進化
AIやアルゴリズムを活用した労務管理の浸透。
〇家事使用人
家事使用人は労働基準法の適用を除外されているが、現在では、実質的な労働形態は、家事代行サービス事業者に雇用されて働く労働者とほとんど変わらなくなってきており、労働基準法の適用を除外すべき事情に乏しくなってきたと考えられる。
以上、働き方の多様化に合わせた「労働者性」の再定義が求められている。
2 「事業」の枠組みと多様化
労働基準法では「事業」とは、事業場単位を原則としているが、以下の問題が生じている。
〇リモートワークの普及
勤務地と労務提供場所が分離するケースが増え、事業場単位の適用が難しくなっている。
〇複数事業場の管理
企業単位で法令の履行を確保することが、監督指導の有効性や行政手続の効率化等の観点から適切な場合もあると考えられる。
3 労使コミュニケーションの再構築
使用者とコミュニケーションを図る主体である労働組合の活性化が望まれる。また、過半数労働組合がない事業場(企業)も含めて、できるだけ労使が対等に協議して合意に至ることのできる環境を確保していくことが重要と考えられるが、以下の問題がある。
〇労働組合の低組織率
労働組合の組織化や過半数代表者の課題を含め、労使コミュニケーションを改善するための検討が必要。
〇過半数代表制度の問題
・現行の労働基準法において体系的に規定・整序されておらず、過半数代表等を必要とする条項に、個別に規定されているのみとなっている。
・過半数代表者が、事業場で適正に選出されないケースがある
・過半数代表者の役割を果たすことの労働者の負担が大きく、また、全ての労働者が労使コミュニケーションについての知識・経験を持つわけではないことから、積極的な立候補が得られないことが多い。
4 労働時間法制の見直し
○時間外・休日労働の定期的な把握
定期的に時間外・休日労働等の実態を把握し、上限規制の水準の見直しについて議論することが必要。
○ 職種間の不均衡
自動車運転者や医師などの、なお一般より長い上限が適用されているものに対する一般則の適用等について、議論が必要。
〇企業による労働時間の情報開示
強行的な規制による時間外・休日労働時間の短縮のほか、労働市場の調整機能を通じて、勤務環境を改善していくことが考えられ、特に時間外や休日労働については、企業自ら情報開示をすることが望ましい。
〇テレワーク等の柔軟な働き方
テレワークの実態に合わせた「フレックスタイム制」や「みなし労働時間制度の導入」の検討が必要
〇法定労働時間週44時間の特例措置
法定労働時間を週44時間とする特例措置対象事業場について、8割の事業場がこの特例措置を使っていないことを踏まえ、特例措置の撤廃の検討が必要。
〇実労働時間規制が適用されない管理監督者等に対する措置
管理監督者等に対して、より効果的に健康・福祉確保措置を位置付ける検討が必要。
〇休憩
働き方の多様化等を踏まえると、休憩の一斉付与を必ずしも要しないケースも出てきている実情を踏まえ、検討すべき。
〇休日
定期的な休日の確保のほか、「13日を超える連続勤務をさせてはならない」旨の規定を労働基準法上に設けることについて検討が必要。
〇勤務間インターバル
現在の導入企業割合(6.0%)や、諸外国の勤務間インターバル制度の内容などを踏まえ、より多くの企業が導入しやすい形で制度を開始し、実効性を高めていく形が望ましい。
〇年次有給休暇
計画的・長期間の年次有給休暇取得をできるようにするための手法の検討
→ 我が国の労働者から長期休暇・バカンスのニーズがどの程度あるのか、計画的な長期間の年次有給休暇の付与が労働者にとって望ましいのか、中長期的な検討が必要。
〇年次有給休暇取得時の賃金の算定方法
年次有給休暇期間中の賃金については、
(1) 労働基準法第12条の平均賃金
(2) 所定労働時間労働した場合に支払われる通常の賃金
(3) 当該事業場の労働者の過半数代表との労使協定により、健康保険法上の標準報酬月額の30分の1に相当する額
のいずれかによるが、(1)や(3)の手法では、計算式上賃金が大きく減額されてしまうため、原則として(2)の手法をとるようにしていくべき。
5 割増賃金規制
現行制度では、労働者が副業・兼業を行う場合、健康管理と割増賃金計算の双方で、労働時間を通算しなければならない。
本業・副業双方の使用者の負担が重く、雇用型の副業・兼業の許可や受入れが難しいなどの指摘がある。
※ 米国、フランス、ドイツ、イギリスでは副業・兼業を行う場合の割増賃金について労働時間の通算を行う仕組みとはなっていない。
→ 労働者の健康確保のための労働時間の通算は維持しつつ、割増賃金の支払いについては通算を要しないよう、制度改正に取り組むべき。
まとめ
以上が労働基準関係法制研究会での議論です。
労働基準法の見直しは、現代の多様な働き方に対応するための重要なステップです。労働者の健康と権利を守るだけでなく、企業活動の持続可能性を高めるためにも慎重な議論が求められてます。
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